辰巳家の食卓

  1. HOME
  2. 連載
  3. どんな日も胸に納まる五目ずし 文・対馬千賀子

三月の記録
03_00

どんな日も胸に納まる五目ずし 文・対馬千賀子

自分を励まし料理に向かう
 辰巳家の庭ではこの時期になると、毎年のように濃いピンク色の桃の花が満開を迎えています。辰巳芳子先生は「花は不思議とその時を知っているのね」と、いつも桃を愛でていました。ここ数年、例年より暖かい冬が続いていますから、桃も早咲きとなってしまったかもしれません。
 辰巳先生との暮らしのなかで身についたことのひとつに、五目ずしづくりがあります。最初から上手にできた料理はあまり記憶には残らないこともありますが、おいしくなるよう何度も繰り返し作り続け、少しずつ身についたものは自分の手中に収まったように感じます。辰巳先生の五目ずしは私にとって、そんな料理のひとつです。
 五目ずしはまず、具材の準備が必要です。なかでも干瓢の扱いは繊細で、戻した薄い干瓢を1センチ強に切るのに少し時間がかかります。そして、その味つけが私にはさらに難しく感じました。初めて作った時は、味つけの加減がなかなか掴めず悩みました。先生に尋ねても「これでよいのじゃない」というなんとも曖昧なお答えしかもらえず、作る度にどこかしっくりこない感じが残りました。しかし、それは手挽きの干瓢(職人が包丁でひとつずつ丁寧に薄く挽いて仕上げた干瓢)との出合いで解消しました。手挽き干瓢はそれ自体が滋味深く、味もつけるというより足すだけで十分に感じられました。昔ながらのやり方で生産された干瓢はおすしだけではなく、煮ただけでもおいしく食べられます。素材の大切さを改めて、実感させられました。
 具材づくりで課題となっていたものにもうひとつ、作り方に問題があった紅鮭のでんぶがあります。でんぶは辰巳先生の書籍に書かれているとおり、数本の箸を使って混ぜながら仕上げていましたので、自分では問題なくできていると思い込んでいました。しかし、ある撮影の時に私がでんぶを作っていると、「これはもっと、こうするのよ」と、その時に手伝いに来ていた先輩が教えて下さいました。完成したのはそれまで私が作っていたものとは別格の仕上がり、ふわふわのでんぶです。以前、辰巳先生は「レセピには文字の制限などもあって、すべてのことを書けない時もある」と、おっしゃっていました。でんぶがまさにそれ、すべてが書ききれていないレセピだったのではないかと、思った瞬間です。
 そして、おすしといえば大切なのが、酢飯の混ぜ方と具材を混ぜ合わせる方法です。これは初めて作った時、辰巳先生にお手本を見せていただきました。
「ご飯は混ぜすぎてはいけないの、そして冷ましすぎてもだめよ、具材の合わせ方はこうするのよ」
 と、辰巳先生。
 先生のあの時の手捌きは私の脳裡にしっかりと刻まれ、今でも忘れることはありません。 
 辰巳先生は著書『辰巳芳子の旬を味わう いのちを養う家庭料理』(NHK出版)に五目ずしについて、このように書かかれています。
「すしの世界も似ていて、野菜のすしに始まり、これに終わるかと思います。身近な素材で初心者も作れ、作り進めば奥は深い。喜びの日にも悲しい日にも、素直に胸に納まります。さらなる不思議は、外国人にこれほど無抵抗に受け入れられる日本料理は少ないことです。海外のもてなしを知る方も『五目ずしを用意して、はずれたことはない』と言われます。世界の米料理に位置つげると、パエリヤに勝るとも劣らぬもので、まさにこのように作らねばと望みます。」
 日本料理には繊細な作業がたくさんあります。飾り切りなどの細かな作業は、日本人ならではの手仕事です。家庭で日常的に行う人は少ないかもしれませんが、和食の店で出される料理には目には見えない作業、下準備がすみずみまで施されています。それは見た目の美しさもありますが、やはり食べやすさやおいしさを作り出すために欠かせないことなのです。日本人として日本料理を大切に作り続け、もてなすことができる人でありたいと願います。そしてこの料理が作れることは、なにより自分自身への手応えとなるでしょう。今日も自分を励まして、料理に向かいたいと思います。「まさに、このように作れるように」と。
三月の記録(献立記録から)
3月3日
朝 パン ポタージュ・ボン・ファム 大根サラダ 柚子ねり にんじんとりんごのジュース 紅茶 バナナ ヨーグルト
昼 麦ごはん(汁かけ飯) 厚焼き卵 鮭の塩焼き ふき味噌 すき昆布の煮もの かぼちゃの煮もの 草もち
夜 ごはん 日本酒 鯛の干もの 白菜と豚肉の蒸し煮 厚焼き玉子 ゆり根のグラタン

3月4日
朝 パン トマト 菜の花の炒めもの 紅茶 ヨーグルト にんじんとりんごのジュース
昼 もち(汁かけ飯) ローストポーク 蓮根のソテー 白菜と油揚げの炒め煮 ふき味噌 柴漬け ヤーコンのしそ漬け 文旦
夜 ごはん(三分米) 揚げ長いもの味噌汁 こごみの揚げもの 白菜の煮もの じゃがいものソテー 蓮蒸し かつおぶしのでんぶ

3月5日
朝 パン 野菜サラダ じゃがいものチーズ焼き にんじんとりんごのジュース ヨーグルト ねぎとしょうがのスープ 紅茶 バナナ
昼(千賀子外出)
夜 パエリヤ(ほたて 鶏肉 蓮根 トマト ピーマン きのこ) 小松菜のスープ ゆり根のグラタン 長いもの煮もの かぼちゃの煮もの ピクルス らっきょう アイスクリーム

3月7日
朝 パン チーズ 小松菜のスープ トマト焼き 野菜サラダ ヨーグルト にんじんとりんごのジュース 紅茶
昼 ゆり根がゆ 白魚の卵とじ 椎茸のスープ ふき味噌 鮭の塩焼き 
夜 お寿司(買ったもの) 椎茸スープ 厚焼き玉子 はりはり漬け 日本酒 和生菓子

3月8日
朝 おすし 小松菜のスープ にんじんとりんごのジュース 日本茶
昼 ゆり根がゆ ねぎの味噌汁 白魚の卵とじ 漬けもの(大根 うり) 大根葉の炒めもの たんかん 和菓子
夜 ごはん(三分米) 椎茸スープ じゃがいものピューレ グーラッシュ(ハンガリー風牛肉の煮込) 椎茸のソテー 青菜の炒めもの トマト

3月23日
朝 スーパーミールと牛乳 パン 柚子ジャム クレソンのスープ 野菜サラダ ヨーグルト にんじんとりんごのジュース 紅茶
昼 いなり寿司 大根の味噌汁 ふわふわ卵 菜の花のからし和え 蓮根蒸し(ゆり根 あんかけ) 漬けもの(たくあん うり)
夜 ごはん 玄米スープ すき焼き風煮もの(牛肉 豆腐 ねぎ 菜の花) さつま揚げの煮もの 筍の煮もの 筍の佃煮 漬けもの(きゅうり たくあん) 日本酒 わさび漬け

3月24日
朝 パン トマト 野菜サラダ にんじんとりんごのジュース ヨーグルト 紅茶
昼 いなり寿司 クレソンのスープ 豆腐の鶏ひき肉あんかけ 鰤の照り焼き 大根おろし 大根と油揚げの煮もの 漬けもの(うり) 筍の佃煮
夜 筍ごはん 椎茸スープ まぐろの刺身 牛肉のソテー おから すき昆布の煮もの ほうれん草の炒めもの たくあん